2025年度中国近世語学会ニューズレター(第1号)

ご挨拶

 連日猛暑が続いておりますが、会員諸氏には健やかにお過ごしのことと思います。6月14日に開催されました本年度の研究総会には20名以上の参加があり、発表ごとに活発な議論が交わされました。今回、会場の準備と運営にご尽力いただいた千葉謙悟理事には、厚く御礼を申し上げます。
 今回の総会では、会誌『中国語研究』に関する投稿規定・執筆要領の改正をお認めいただきました。最も大きな変更点は、論文の投稿締切を3月末から半年ずらして9月末とすることです。よって、次回の締切は2026年9月となります。近年における投稿数の減少に鑑みて、他の学会誌との競合を避けるのが主な狙いです。会員諸氏におかれましては、次回以降より多くの力作を投じていただきますようお願いいたします。
 私はこの7月初旬、中国の大学で1週間ほど集中講義のようなことをしてきましたが、当地では日本の中国近世語研究の伝統について大いに称揚される一方、次の世代の出現を期待する声を多く聞きました。優良な伝統を受け継ぐとともに、新たな資料、新たな方法で世界の中国近世語研究をリードする研究者が出てくることを、心から期待しております。


中国近世語学会会長
竹越 孝
2025年7月8日

2025年度春期研究総会発表要旨

1.近世白話資料に見る副詞としての「左右」とその共起環境

張 宇輝(関西大学大学院 博士後期課程)

 本発表では、中国語の語気副詞「左右」に注目し、明清期の白話小説を中心に、その使用実態と意味機能を分析した。「左右」は、もともと空間を示す語であったが、明清期には話者の主観的態度を表す語気副詞として用いられ、文全体の語調を整える役割を担うようになった。本研究では、用例を収集・整理し、「諦念的」「評価的」「放任的」の三種の話者態度に分類し、それぞれの構文的特徴との関係を考察した。その結果、「左右」が話者の立場や発話方針を導く語気要素として機能していることが明らかとなった。質疑応答では、分類の仕方の曖昧さや、「左右」の通時的変化をより詳しく見る必要性が指摘された。今後は、「左右」の副詞的用法の変遷に加え、「反正」「横竖」などの類似語との比較も視野に入れながら、語気副詞としての機能の発展を通時的に検討していきたい。

2.『京話指南』の入声字について

千葉 謙悟(中央大学)

 本発表ではフランス人外交官アンボー=ユアールが著した北京語教科書『京話指南』(1887-89)に見える入声字の特徴について考察した。『指南』の北京語は他の資料と同様、中古音でいうところの通江宕梗曽摂入声において文白異読が見られるが、仔細にその内実を検討すれば文語音と白話音の分布が同時期の北京語資料である『自邇集』とは異なっていた。また、いくつかの韻においては主母音が『自邇集』や現代普通話に見られる非円唇奥舌半狭母音[ɤ]ではなく円唇母音[o]で記されていた。以上の特徴を同時に持つ方言は例がないものの今回の調査では江淮官話の一部が最も似た状況を呈しているようだ。『指南』に影響した方言を調べるために、今後は『指南』の編纂に協力した中国人文人の考証が必要になるだろう。

3.『一百条』系諸本対照の試み

竹越 孝(神戸市外国語大学)

 『一百条』系諸本とは,1750年頃の刊行とされる満洲語の会話書『一百条』と同じ内容を異なる言語や文字で記述した文献群を指し,満洲語-中国語対訳版,モンゴル語-中国語対訳版,満洲語-モンゴル語対訳版,満洲語-モンゴル語-中国語対訳版,モンゴル語オイラト文語版,中国語版,英語訳等が現存する。竹越とスチンバト(内蒙古大学)はこのたび,これら『一百条』系諸本における満洲語6種,モンゴル語4種,中国語8種,英語訳2種,計20種のテキストを一文ごとの対照の形で示した『「一百条」系諸本総合対照テキスト』(全4巻,好文出版,2020-2024年)を刊行した。この発表では,本書の基本構想と,対照作業を通して見えてきたことについて述べた。

4.宣統元年序『伊朔譯評』と光緒34年刊『小額』

落合守和(東京都立大学 客員教授)

 清末1900年代の2書,①上海刊イソップ寓話の漢訳1909『伊朔譯評』と②北京刊の社会小説1908『小額』とを採り上げ,その言語特徴を比較する。①②ともに新聞連載をもとにしたものと言われ,①の元となった新聞『通問報』『通問報附刊』は上海図書館蔵(未見),②の原掲載新聞『(北京)進化報』は所在報告がない。1890,1900,1910年代の「白話報刊」(中央政府・地方政府が刊行する定期刊行物:農商工部『実業浅説』・北京市政公所『市政通告』など)は,共通語(「官話」/「普通話」)の口語を文字に写しとめる萌芽期のありようを追跡する手がかりとなる。印刷形式から見ると,①は傍点(○)あり空格なし,②は傍点なし空格あり,であり大きく異なる。ここでは,1909『伊朔譯評』の第48話<牧童  説謊(嘘つき羊飼い)>の本文を紹介する。<分かる>に《知道》を用いる。句末助詞《呢》と《哩》を併用するが,使い分けの理由は不明。《呢》は新・北方の用例,《哩》は旧・南方の用例とされる。なお,語法の記述には,「1.名詞」から「10.助詞」に至る太田辰夫1958の枠組みと清代北京語の3種指標(いわゆる7指標のほか12指標・72指標:太田辰夫1970/72ほか)とを用いる。使用テキスト:①内田慶市編著『漢訳イソップ集拾遺』2025年,大阪:遊文社,②太田辰夫・竹内誠共編『小額(社會小説)』1992年,東京:汲古書院。

2025年度研究集会開催のご案内

日時:12月13日(土)
場所:関西大学千里山キャンパス 児島惟謙館 第2会議室
研究発表者を募集します。1.氏名、2.所属、3.発表タイトル、4.要旨(300字程度)、5.メールアドレスを明記のうえ、中国近世語学会ウェブサイト( http://kinseigo.jp )の「お問い合わせ」からお申し込みください。
*申込締切:10月31日(金)

新投稿規定・新執筆要領について

 今回の総会で改正が認められた新しい投稿規定・執筆要領は、本学会ウェブサイトに近日掲示します。

会費納入のお願い

 今年度会費(一般5,000円、院生・学部生3,000円)を、下記のいずれかの方法でお支払いください。前年度分までの未納のある方は、未納年度を明記のうえ、合わせてお支払いください。

○郵便振替の場合 *郵便局備え付けの振替払込書(青色)を使用してください。
口座番号:00980-6-119965
口座名称:中国近世語学会
ゆうちょ銀行に振り込む場合
099(ゼロキュウキュウ)支店
当座預金 0119965 チュウゴクキンセイゴガッカイ